続・猫に腕まくら

ぶっこわれています

相変わらずの日常

入院中の父には、ゆうちゃんが天国に行ったことを伏せている。

来月の携帯電話の支払いが怖いくらい(ガラケーの父はもう仕事で使うこともないので一番安い基本料金な分、通話料が高い)毎日のように電話をかけてくる。「ゆうは?」の質問に「元気だよ」と母が答えたところまでは良かったけれど、運動靴だかスリッパだかがないという話になったところで「ナニ?何言ってるかわからないよ」と母が言ったところで電話が切れて、直後に看護師さんが父が泣いていると電話をかけ直してきてくれた。冷たいと言って泣いているらしい。

結局後から滅多に話さない私から電話をして、父はもう泣いてはいなかったがスリッパはあるけど運動靴が見つからないということだった。実際はビニール袋に入れた運動靴とダウンの上着を入院する時に看護師さんに渡した記憶があるので、どこかにあるはずなんだけど。近々母が病院に行く時に持っていくからということで、一件落着。

 

うちの両親は感情がフリーダムだ。父の涙なんて子供の頃から数え切れぬほど見ている。父の涙、男泣き……など感動的な話は皆無だ。母は頭に浮かんだ全てのことを話さずにいられない病かのように、自分の体調、愚痴、自画自賛の話のループを延々と繰り返している。

そして、おばさんとはいえその娘である私は能面のように感情を顔に出さないよう無表情でやり過ごす。老化か進んで顔がたるむのは無表情のせいもあるとわかっていても、両親の前では無表情が心のバリアだ。申し訳ないけど、耐えられないのだ。不本意だかブルドック化が進む。

 

そして、お寺付属のペット火葬場が本日定休日だったので、休みを交換してもらい明日ゆうちゃんを荼毘に伏すというのに、さっきから地味に熱が出てきてひとり焦っている。いやはやいやはやどうしよう。