続・猫に腕まくら

ぶっこわれています

涙と熱

 

 

ゆうが亡くなり、お寺の関係で1日遅れで荼毘にふそうという前夜に私が発熱。37.2℃。

 

朝寝起きで37℃で、母に一人で行ってきてもらうことにした。コロナの可能性ないとは言えない…というのと、猛烈な怠さで布団から出られなかった。昨日のうちに(お葬式のためだったけど)休みを交代してもらっておいてよかった。

 

目をつぶりながら、元気だった頃やつい最近の苦しい様子やあれこれの思い出が入れ替わり立ち替わり現れては、切なさを「ゆうは今苦しさから解放されてるんだよね。楽になっているよね」とゴマかす。

 

前日、一足先に火葬場に向かうゆうちゃんを業者さんと一緒に専用の段ボールに入れて玄関から出す時に「ゆうちゃんありがとう。ゴメンね」といって別れてから、一人になった家で少し泣いた。

 

実は私はこの数年で涙が出なくなってしまった。そしてドライアイにもなっている。

 

風太が亡くなった時も引きこもり明けに勤めた場所を辞める時も、これでもかこれでもかも涙がとめどなく出てきたのだけれど、あれ以降感情が平板になっているのは社会に順応するために感情に蓋をしているのか、長年の投薬のせいなのかわからない。

諸々の感情もある上にこの枯渇した涙腺では、父が亡くなっても泣かないんじゃないかと思う。

 

涙の代わりに熱がでたのか⁉︎