続・猫に腕まくら

ぶっこわれています

百合子さんすてき

富士日記(下)の中で、とても気に入ったところを転載。


 ダンガンの中にゴミを入れて燃やしていると、隣りのおじいさんが垣根の向こうから、「奥様。今日は何をしておいでになります?」と改まった言葉つきで声をかけた。「今日はゴミを燃やしております。おじいさんは何をしていらっしゃいますか?」と私も改まって答えると、「タンポポの苗を植木屋からもらったので植えております。来年は綿毛になって、奥様のお庭にも飛んでいって、わけて差上げることになりますです」「それはありがとう」「来年のことでしたら、このタンポポの方がたしかでございます。私の方はこの世にいないかもしれませんでございます」「では今年のうちにお礼しておきましょう」。おじいさんは本当は八十近いのだそうだ。少し若く言って留守番の仕事に就いているのだから黙っていて欲しい、と小さい声で言う。

     中公文庫 富士日記(下)武田百合子
            昭和四十五年五月四日から抜粋