続・猫に腕まくら

ぶっこわれています

涙と熱

 

 

ゆうが亡くなり、お寺の関係で1日遅れで荼毘にふそうという前夜に私が発熱。37.2℃。

 

朝寝起きで37℃で、母に一人で行ってきてもらうことにした。コロナの可能性ないとは言えない…というのと、猛烈な怠さで布団から出られなかった。昨日のうちに(お葬式のためだったけど)休みを交代してもらっておいてよかった。

 

目をつぶりながら、元気だった頃やつい最近の苦しい様子やあれこれの思い出が入れ替わり立ち替わり現れては、切なさを「ゆうは今苦しさから解放されてるんだよね。楽になっているよね」とゴマかす。

 

前日、一足先に火葬場に向かうゆうちゃんを業者さんと一緒に専用の段ボールに入れて玄関から出す時に「ゆうちゃんありがとう。ゴメンね」といって別れてから、一人になった家で少し泣いた。

 

実は私はこの数年で涙が出なくなってしまった。そしてドライアイにもなっている。

 

風太が亡くなった時も引きこもり明けに勤めた場所を辞める時も、これでもかこれでもかも涙がとめどなく出てきたのだけれど、あれ以降感情が平板になっているのは社会に順応するために感情に蓋をしているのか、長年の投薬のせいなのかわからない。

諸々の感情もある上にこの枯渇した涙腺では、父が亡くなっても泣かないんじゃないかと思う。

 

涙の代わりに熱がでたのか⁉︎

 

 

相変わらずの日常

入院中の父には、ゆうちゃんが天国に行ったことを伏せている。

来月の携帯電話の支払いが怖いくらい(ガラケーの父はもう仕事で使うこともないので一番安い基本料金な分、通話料が高い)毎日のように電話をかけてくる。「ゆうは?」の質問に「元気だよ」と母が答えたところまでは良かったけれど、運動靴だかスリッパだかがないという話になったところで「ナニ?何言ってるかわからないよ」と母が言ったところで電話が切れて、直後に看護師さんが父が泣いていると電話をかけ直してきてくれた。冷たいと言って泣いているらしい。

結局後から滅多に話さない私から電話をして、父はもう泣いてはいなかったがスリッパはあるけど運動靴が見つからないということだった。実際はビニール袋に入れた運動靴とダウンの上着を入院する時に看護師さんに渡した記憶があるので、どこかにあるはずなんだけど。近々母が病院に行く時に持っていくからということで、一件落着。

 

うちの両親は感情がフリーダムだ。父の涙なんて子供の頃から数え切れぬほど見ている。父の涙、男泣き……など感動的な話は皆無だ。母は頭に浮かんだ全てのことを話さずにいられない病かのように、自分の体調、愚痴、自画自賛の話のループを延々と繰り返している。

そして、おばさんとはいえその娘である私は能面のように感情を顔に出さないよう無表情でやり過ごす。老化か進んで顔がたるむのは無表情のせいもあるとわかっていても、両親の前では無表情が心のバリアだ。申し訳ないけど、耐えられないのだ。不本意だかブルドック化が進む。

 

そして、お寺付属のペット火葬場が本日定休日だったので、休みを交換してもらい明日ゆうちゃんを荼毘に伏すというのに、さっきから地味に熱が出てきてひとり焦っている。いやはやいやはやどうしよう。

またね、ゆうちゃん

猫のゆうちゃんは、1月27日午前9時15分頃虹の橋に向かい旅立ちました。

 

私のシフトが2連休初日という、そのタイミングを見計らったかのように。

 

最期の最後までよく頑張りました。ゆうちゃんはどんな状態でもやっぱり可愛いゆうちゃんに変わりありませんでした。

戦うゆうちゃん

猫のゆうちゃんが悪性リンパ腫と診断された頃のことを、このブログに書いてないかと遡ってみたら全く書いてなかった。確かにその頃はほとんど何も書かなく放置ブログと化した頃であったけれど、あの時は先が見えないゆうちゃんの病気に加えて、アンドレ(仮)が発熱したり、マーくんも調子を崩したり。両手に一つずつ重量級の猫入りキャリーを握りしめ背中にリュックで動物病院にヨタヨタ顔面蒼白で行って、待合室の長椅子にへばり込んでいた記憶がある。 

 

そして、今。

先が見えてしまっているゆうちゃんの病状は、切ない。数日前から水も食事も受け付けなくなった。それでも自分で猫トイレに入り、小さくふんばり、疲れてトイレの砂の上にへばってしまうので帰りは人間が抱いて連れて帰る。砂の上にはなんの痕跡もない。きっとウンチがしたくて来たというのに。

寝場所を頻繁に変えるのだけど、きっと身の置き所がない辛さがあるのだろう、と思うとこちらも辛い。

 

何匹も見送って来たけれど、これは慣れるものではない。

 

年明けから入院していた父が、数値が安定したということで退院した当日の夜、食後全身をブルブル震わせて発熱し救急車に乗ってまた即入院した。後日必要なものを持っていった母に看護師さんが「(父が)しきりに猫のことを心配しています」と話しかけてきたという。

父が退院する頃までは難しい、と思う。

 

強い、弱い、ズルイ

街頭占い師の姓名判断の張り紙を見ると、私の画数は「女にしては強すぎる」と書かれている。

生年月日判断で「女にしては強すぎる」。

「女にしては」とは???

と、釈然としない気持ちになることが2度ほどあったけど、実際私はとても強いのだと思う。

クヨクヨうじうじするけど、最終的には強いのだ。

弱いのは自律神経の調整力くらいなのだろう。

実際、どんなに強くても、病の症状に負けてしまう時もある。

全てにおいて強い人なんていないのだ。誰だって弱いところと強いところが区画整理されてない住宅地のように入り組んでいるのだろう。

 

ただ、自分自身が心の中で「うむ、なんだか知らぬがワタシは金太郎並みに強いかもしれないぞ」と勝手に思うのは、お好きにどうぞと言うしかない。

 

しかし、どうだろう。励ますシーンでもない状況の時に、他人が人に向かって「あなたは強い人」と言う時、言外に「弱いふりして実は強いよね」「私とは違う」「ズルい」という批判的なメッセージが含まれているように思うのは考えすぎか。特に話の前後で褒めてるわけでも、ふざけたやり取りをしているわけでもなく、好意を全く感じない場合。深読みしすぎ?

女性対女性の話です。私にあった実話です。

 

これってジェンダーの話に繋がるのか。どんどん変容してゆく意識改革があるにしても、まだまだ女(の子)は「か弱い方が最強」という意識はまだまだ健在であるから。「弱いふりしてホントは強いのに。ズルイ」と。強さに良き美点としておもきを置くより、弱そうにしているのが許せない、と。

 

でもまあこういうことを言う人は、こちらから見たら全ての言動において、抜け目なくしたたかなのが面白い。「したたか」は「強か」と書く。わはは。

 

相手の嫌なところは必ず自分自身のなかにも宿ってる。

 

「酒に強い」とか「火を吹くような辛いのに強い」とかお互いが認めていてかつ湿度のない笑いに持っていけるような強さだけ話題にしようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

後悔先に立たず

猫のゆうの寝息が漫画みたいにガーゴーガビガビ激しくなったのはいつの頃からだろう。去年からだと思う。

 

何か食べた後、しきりに口の中を気にし前足でかっちゃくのは、きっとグラついた歯があってそれが抜けそうなのかと勝手に思い込んでいた。

 

去年の暮れからやたら咳き込んだり、むせて苦しんでいるのは何故なのだろう。ゆうは双子のまーに比べて鼻水や目やにを滅多に出さない。熱はないのに鼻水や目やにが長く続くのはなぜ。

 

そして、食欲がなくなり足腰から痩せて背中がゴリゴリになった。

 

ゆうは、2014年8歳の時に悪性リンパ腫の消化器型と診断されて、予定より早く緊急に腸の手術をした。手術直後に獣医師から「今はなんとも言えない、二週間後に無事に抜糸出来てやっとこの手術は成功したといえる」と言われ、覚悟をした。もし残り少ない日々ならば、がん治療の意味もわからず苦しませるより、いつも通りの生活の中で逝かせてやりたいと伝えて、獣医師もその方が良い、今後の下痢や嘔吐に注意してこのままいきましょうとのことだった。

 

ところがゆうちゃんは、その後下痢することもなく、メキメキ食欲が回復し元気に今まで通りの生活ができるようになった。落ちた体重も戻りまたデカイ猫に戻った。

 

それから6年。去年の中頃からゆうの声が以前より小さくなったというか、力がなくなってきた。それから掠れて、今年に入ってとうとう口はニャーの動きはするけど声も出ない。

 

年齢的なこともあるしな、今年で15歳。何より下痢も便秘もしていない。ゆうは消化器型のリンパ腫なのだからそれが悪化しているようには思えない。病院に連れて行ってもおそらく何かしらあったとしても手術はできない年齢になってきている。通院のストレスを考えると、かえって寿命を縮めてしまうのでは、と私の気持ちは揺れてしまっていた。

 

ところが今日、思い切って検索してみたところ、猫の悪性リンパ腫には何種類もあって、中に副鼻腔にリンパ腫が出来るというのがあった。これかもしれない。消化器型ばかり気にしていたけれど、副鼻腔の症状があまりにも合致している。

 

あの、騒々しいイビキをかきはじめた時点で病院に行けば何かしらのケアができたかもしれない。食欲も体力もしっかりあった頃ならば。と、後悔先に立たず。悔やんでも悔やみきれない。

 

仕事に行ける回数が増えれば、動物病院に連れて行ける日が限られてしまう。連れて行く時間があったとしても、私は休みの日に何もせず寝てしまう日が月に数日もある。父の病気や入院退院再入院と状況が変わるなかで、気分的にくたびれてしまい後回しにしていた。私はいつもこう。ごめん。

 

 

 

簡潔にと思ったのに

さて、この空白の間に何があったのでしょう。

とあることがきっかけで劇的に人生も生活も変わりました。それは後々。

 

◇まず現在の私とその環境◇

 

・やっと昨年の夏から1日7時間週5回のパートを沢山の失敗をしながらも続けています。3連勤後はヨボヨボです。

・しかしながら、このパートのお給料だけでは近い将来ひとりでは暮らしてゆけなくなる現実に直面中。

・クリニック併設のカウンセリングにI年以上通ってます。すごく支えになってます。

・父はちょうど2018年に大腸癌が発覚し手術。その後前立腺癌もみつかり、自宅療養のホルモン治療に。そして2年後の2020年の年末に突如黄疸がでて入院。胆管に癌ができていて手術は不可能。どれも転移ではないらしい。

2022年の(次の)お正月を迎えられるかどうかは「そういうこともあるかもしれない(主治医談)」という話に、最後のお正月になるかもしれないと年末に退院したものの、年明けに発熱。そして再入院中。

・母は元気。しかし病人を看護中の人が先に参ってしまうパターンを何度か見聞きしているので、安心はできない。本人には言えないが、やはり老いた。

・引っ越しをひかえています。これは避けられない現実で7月の上旬までには今居る場所を離れなければならない約束。とても悩ましい。

・猫のゆうちゃん今年15才。7年前に見つかった悪性リンパ腫と共に過ごしてきたけれど、今は食も細くなり声も出ないで寝てばかり。それでも毎日ゆうは可愛いと思っている。

・猫のアンドレ(仮)は長毛種なのに、お腹から脚にかけて舐めてしまってぐるっとハゲに。プードルみたいな脚にアンドレ(仮)の強いストレスを感じて私もつらい。