続・猫に腕まくら

ぶっこわれています

高齢ひきこもり独女、12年ぶりに働き始める 1…そして「うちは慈善事業じゃない」

年末から気になっていた、パート募集の張り紙。


30年この場所に住んでいて、なんの会社だかわからないけれどずっと昔からあった、という認識の会社の窓ガラスに小さく書かれた『パート募集 週3日~ 軽作業』に妙に引き込まれたのは、あまりに家から近い求人だったからだ。


目と鼻の先と言っていいだろう。大雨でもないかぎり傘もいらない場所なのだから。


パニック持ちの私の最終チャンスではないか?なんといってもここで「ああでもないこうでもない」と難癖をつけるのは、「バスや電車で通勤する自信がない」といういつもの「働けない言い訳」が通用しない。実は年末に会った友達にその張り紙のことを話したことろ、「私だったら、近すぎでいやだなあ」という彼女の正直な言葉を聞いた。それはそうだろう。私だって元気なころは、あまりに近すぎる場所が職場だったらいやだなあと思っていた。もしコンビニでバイトするとしたら…きっと一番近くで一番利用するコンビニでは働かない。それは、内部事情やバイトの人間関係を知りすぎてしまったり、苦手な人ができてしまった場合のその後の行き難さを避けたいからだ。ご近所は平穏をキープしておきたい。そんな心理がある。


でもそんなことは言っていられない。そこまで切羽詰っているのだ。そのうち元気になって働けるようになるだろうと思っているうちに12年。干支がひと回りしているのだ。それに年令もひきこもりとしてはもう、立派な高齢なのだ。実におばさんなのだ。


年が明けてお正月も終わった頃、まだ張り紙があることを確認して、スーパーの敷地内で証明写真をとり、気持ちが「後でにしよう」にならないように家に帰らずそのままファーストフード店にはいり、履歴書を記入した。そして再び張り紙の前に立ち、ケータイから書かれている電話番号にかけた。履歴書を渡し、面接にとりつけた。


面接をしているうち、なんともポンコツな私の履歴書の説明をするために、実はパニック障害を患っていることをカミングアウトした。あまり病名のことを知らないようだった。「お通夜みたいな雰囲気で働いてもらわれても困るんだけど」とは言われたけれど。


「とりあえず、1ヶ月、試用期間にしましょう。その間、あなたが向いてないなあと思ったら辞めてもいいし、こちらからうーんということであれば(クビになっても)恨みっこなしで」みたいなことで、次の日から働き始めることになった。


この急展開。年末から(いや1年中か)自分の行く末や両親のこと、ありていに言えばお金の問題。生きていればどんどん増えていく年令。自分の社会性の欠如もどんどんひどくなり、随分前から人の目を見るのがつらいし、TVなどの一方的な会話をぼんやり見ているように、人から話しかけられても返事をすることを忘れたりする自分。本当に10年過ぎたら社会復帰は無理なのか。ぐるぐる、ぐるぐる。働かなくちゃ。でも職場で具合悪くなって信用されなくなったり、不審者を見るような目で見られたりするのはつらい、というか、さらに精神的に転落する可能性が、とてもとても怖い。


そんなループから抜けられなかった私が、あっけなく仕事をみつけた。きっと駄目だろうと履歴書を3パック購入したが、残りは使わず引き出しにしまえた。事実は小説より奇なり。


職場は、TVの散歩番組などで見ていたようなこじんまりした町工場。従業員は皆女性で少人数。年令は同世代で半分は未婚、しかも今まで遭遇してきたようなピリピリした雰囲気ではなく穏やかで優しい人ばかりだ。主に仕事を教えてくれる先輩は、私と対極な雰囲気ではあっても姉御肌で感謝している。時々私の鈍くささにイライラしているのを感じる時があるが、それは彼女が問題じゃなく私がドンくさいからなのだ。


私は仕事中心の生活に変えた。鉄剤もビタミン剤もすがるように飲んだ。朝、体調が戻っていると「やった!」と思った。嬉しいことに、仕事を始めてから絶えず疲労感はあるものの、パニックそのものの症状がでていなかった。恐れていた、仕事中に具合が悪くなることもなかった。一度ダンボールの上げ下ろしで血が下がってしまい立ち上がれなくて5分くらいしゃがんだくらいだ。


1ヶ月近く経っても、求人の貼り紙は、まだ張られていた。


そして、ある日、可愛らしい主婦の新人さんが入ってきた。


朝礼で「●●さん(私)も、ついに先輩だよ」と経営者は言った。


そして、「試用期間のことだけど、○日までに変えたから」。そう、新しい人と同じ試用期間になったのだ。


ここでモンダイなのだが、この試用期間というのは時給のモンダイではなく(よくある3ヶ月間は試用期間時給などではない)、『辞めても解雇してもいい』という期間であって、私のほうから辞めたいの一言もいっていないということは、会社側から解雇してもいいという期間が延長されたということなのだ。どっちみち、試用期間というのは、一般的に3ヶ月というところが多いので、むしろ短くていい、ということでも、いや、なんとなく腑に落ちない気持ちになるのであった。